その後、英国政界へ
2004年、仕事と家庭のバランスをたもてなくなり、彼は欧州議会議員から一時身を引くことになります。その翌年、シェフィールドハラムで下院議員になります。
それからわずか2年後、ライバルであるクリス・ヒューン氏をわずかな差で押さえ、彼はメンジー・キャンベル氏の後を引き継いで、自由民主党の党首になりました。ヒューン氏は現在、党の内務広報担当官を務めています。
夫人との出会いと家族
ミリアム・ゴンザレス・デュランテス夫人とは大学時代に出会いました。彼女は優秀なスペインの弁護士で、ブルージュのヨーロッパ大学に通っていました。
彼らは2000年に、スペインで結婚し、3人の子に恵まれています。アントニオ君、アルベルト君、ミゲル君です。夫妻の友人には、映画監督のサム・メンデス氏もいます。
ほかの政界の要人と違い、ゴンザレス・デュランテス夫人は、クレッグ氏の選挙運動で控えめな姿勢を維持するよう努めていました。仕事と家庭に貢献するだけだと彼女は説明し、過剰な役割を負うことを避けました。
英国メディア数社は、夫人が国籍を取得しておらず、そのため、夫のために1票を投じることができないのだと報道しました。
メディアと風評
ほかのメディアは、党首となった後、彼がBBCに寄せたインタビューの内容を心配しています。このインタビュー内で、彼が神を信じないと明言したからです。
中部イングランドは、若々しく現代的な自由民主党のリーダーが巻き起こす選挙熱に熱狂せずにはいられないというところなのかもしれません。しかし、一部では彼の国際色豊かな特色が、特にデイリーメールのように、逆に彼を攻撃する材料に使われるのではないかと懸念されています。
「彼なら英国市民の未来を約束できるかもしれないとほのめかすメディアは的を射ているかどうか」というガーディアン紙の問いに、今月21日、彼は答えました。彼の答えは確固としたものでした。
「彼らは現代の英国を全く誤って認識している。」
原文: MARY FITZGERALD(翻訳: Miyuki.T)

原文: Cosmopolitan confident he is not too European for Britain(irishtimes.com)
http://www.irishtimes.com/newspaper/world/2010/0422/1224268870251.html