株式会社文藝春秋は、直木賞作家・河﨑秋子による最新長編『夜明けのハントレス』を2月20日に刊行した。北の大地を舞台に、一人の女性が「狩人」へと変貌していく過程を静謐に描く物語である。
命を撃つという選択――令和のハントレス誕生
札幌の大学に通う岸谷万智は、偶然手に取った狩猟雑誌をきっかけに銃砲店を訪れ、猟友会のベテラン新田と出会う。
免許取得、初めてのシカ撃ち、チーム猟と単独猟。伝説の女性ハンター“アヤばあ”との邂逅を経て、彼女は次第に狩猟の世界へと踏み込んでいく。
狩猟とは、容赦のない行為である。
「撃たれる動物にとっては、撃った人間が男なのか女なのか、関係ない」という一節は、その事実を突きつける。性別や立場といった人間社会の属性は、引き金の前では無効になる。人間社会の属性を超えた地点へ向かおうとする姿勢が、物語に静かな緊張を与える。
熊とヒトの境界線を問う
2025年の「今年の漢字」が「熊」であったことが示すように、熊による人身被害は社会的関心を集めた。熊の世界と人間の世界の境界は揺らいでいる。同作はその現実を背景に、「自然と人間」「クマとヒト」の距離を、当事者の視線で描き出す。
河﨑は『ともぐい』で直木賞を受賞し、熊との対峙を幾度も作品化してきた作家である。北海道で酪農・牧羊を経験した身体感覚が、血の匂いまで立ち上るような臨場感を支えている。同作でもその迫力は健在だが、視線はより現代的で、読者の実感に近い。
成長の先にある景色
クマとの一対一の真剣勝負を前に万智は何を思い、どう引き金を引くのか。狩猟の技術や知識の紹介にとどまらず、「命を撃つ」とは何かという根源的な問いが貫かれている。
物語という橋を渡り、野生が息づく世界へ足を踏み入れる。その体験は、都市に生きる読者にも無関係ではない。撃つことと生きることのあいだで葛藤を抱えながら変化していくマチの姿は、読者自身の「生きるとは何か」という問いを、否応なく呼び覚ます。
■出典
株式会社文藝春秋のプレスリリース